最近、何か物を言うと「それは昭和的なものの考え方」とよく言われる。今風に考えれば指摘される事は、確かにそう思える事が多くなってきたのも事実である。新しい考え方も、なるほどと尊重している方である。自分でも驚いている。
3月卒業式を前に、興味ある話を聞いた。昭和の卒業式では定番で歌われていた「仰げば尊し」。歌詞が「仰げば尊し 我が師の恩」という歌い出しで始まる。最近の若い人は、 “我が師”を“和菓子”と間違う人もいるそうである。昔は、「師」は「先生」の意味で、「仰げば尊し」で歌われている内容は「先生から受けた恩は、尊く忘れられないものである」という意味で先生に対する感謝を歌っている。しかし、この歌詞が卒業式で歌われなくなった一因であると言うのである。私は驚き、なぜそれを歌うことが悪いのか理解できていない。
辞書を引くと、恩とは「めぐむ、なさけをかける。受けた方でありがたく思うべき行為」とあると書かれている。これが長く日本人のDNAに刻み込まれた「恩」への解釈であると思っている。ではなぜ、先生に対する「恩」が歌われなくなったのだろうか。英語で「恩がある」を「to be in one’s debt」と表現する。debt=借入、債務である。また、恩に着るは「to feel oneself Indebted to」と言う。Indebted=負い目である。トランプ大統領がビジネスライクに物事を取引と捉える姿勢は、西洋的な『恩=負い目』の考え方を象徴しているかのように思える。自由、対等を基本文化の西洋人が持つ「恩」に対する哲学と日本人が守ってきた「恩」への哲学が全く違っているのである。かたや「借入、債務、負い目」であり、かたや「受けた方でありがたく思う」心である。
グローバル化、世界標準と叫ばれて久しい。ガラパゴス的な島国から脱却して今、効率化、標準化を謳い文句に全てが世界標準に向かって進んでいる日本。これで良いのだろうか。「先生への恩は見上げるほど尊いもの」という価値観が否定されたことで、「仰げば尊し」は歌われなくなった。「昭和的なものの考え」と言われれば仕方がないが、日本人が大切に守ってきた何かがなくなって行くような気がして寂しい思いがする。日本の昔話の「鶴の恩返し」「花咲か爺さん」「かさ地蔵」「ぶんぶく茶釜」など、どれをとっても「恩」がテーマ。日本人が大事にしてきた物ではなかったのではないだろうか。子どもが親や先生やお世話になった人でさえ対等だと考える社会風潮が当たり前になってしまい、「恩に報いる」文化が知らないうちに消えてしまうような現代社会に大変な危惧を抱く。それも「昭和的なものの考え」なのだろうか。
※楽天ブックスが2025年1月に行った「思い出の卒業ソング」の調査
https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2025/0220_01.html
20代は1位が「旅立ちの日に」、2位が「3月9日」、3位が「YELL」、
30代は1位が「旅立ちの日に」、2位が「3月9日」、3位が「さくら」、
40代は1位が「仰げば尊し」、2位が「贈る言葉」、3位が「蛍の光」、
50代は1位が「贈る言葉」、2位が「仰げば尊し」、3位が「卒業」という結果。
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